2026.04.20 公開
【ちらみ宇宙論、構築の138億年】
第1回:宇宙は膨張している?ハッブルの発見と星が遠ざかる仕組みを解説(本記事)
第2回:ビッグバンの証拠とは?宇宙背景放射の発見と火の玉宇宙の謎
第3回:インフレーション理論を簡単に解説!宇宙の地平線・平坦性問題とは?
今から約100年前まで、科学者たちの常識は宇宙は不変であるというものでした。星々は定位置にあり、宇宙の全体像は永遠に変わらない。あのアルベルト・アインシュタインでさえ、1917年に発表した宇宙モデルにおいて、自らの理論が「宇宙は膨張するか収縮するかのどちらかだ」と示唆したとき、わざわざ数式に宇宙項という調整弁を付け加え、無理やり宇宙を静止させようとしたほどです。
しかし、1920年代、アメリカの天文学者エドウィン・ハッブルが行った一連の観測が、この不動の宇宙という前提を根本から覆すことになります。
銀河の距離を測る標準光源という物差し
ハッブルの大きな功績の一つは、それまで星雲と呼ばれていた天体が、我々の銀河系の外側にある独立した銀河であることを証明したことにあります。
1923年、米国カリフォルニア州のウィルソン山天文台で、当時世界最大だった2.5メートル反射望遠鏡を操っていたハッブルは、アンドロメダ銀河の中にセファイド変光星という特殊な星を発見しました。セファイド変光星とは、決まった周期で明るさが変わる星のことです。
この星には、明るさが変化する周期が長いほど、その星本来の光(絶対等級)が強いという非常に便利な性質があります。これは、夜道に見える街灯をイメージすると分かりやすいかもしれません。 すべての街灯が同じワット数(本来の明るさ)だと分かっていれば、遠くの街灯ほど暗く見えるはずです。その見かけの暗さを測れば、そこまで何メートルあるか逆算できます。セファイド変光星は、その明滅周期を見るだけで本来の明るさが判明するため、宇宙の距離を測るための貴重な物差し(標準光源)となるのです。
ハッブルはこの星を指標に、1924年、アンドロメダ銀河が我々の銀河から約90万光年(現在の測定値では約250万光年)も離れた場所にあることを突き止めました。彼はさらに他の銀河についても同様の手法で次々と距離を確定させていき、宇宙の広がりを人類の認識の外側へと一気に押し広げたのです。
赤方偏移:光の色が教える逃走の事実
ハッブルは次に、これらの銀河がどのような運動をしているかを探りました。ここで使われたのが赤方偏移という現象です。
音において、近づいてくる救急車のサイレンは高く、遠ざかるサイレンは低く聞こえるドップラー効果をご存知でしょうか。これは、救急車が近づくときは音の波が圧縮されて波長が短く(高い音に)なり、遠ざかるときは波が引き伸ばされて波長が長く低い音になるために起こります。
光においても同様の現象が起こります。光の波長が短くなると青っぽく見え、長くなると赤っぽく見えます。観測者から遠ざかる天体から放たれた光は、波長が引き伸ばされて、色が赤い方へとズレるのです。
ハッブルは自らの観測データを整理し、驚くべき規則性を見出しました。一部の近い銀河を除き、ほぼすべての銀河の光が赤方にズレていたのです。つまり、銀河たちは皆、私たちから逃げ去っていたのです。
距離に比例する速度:ハッブルの法則(※)
1929年、ハッブルは観測結果を一つの論文にまとめました。そこに記されたのが、現代宇宙論の基礎となるハッブルの法則です。
ハッブルが見出した確かな規則性は、「遠くにある銀河ほど、より速い速度で遠ざかっている」というものでした。しかも、これは空の特定の場所だけで起きていることではありませんでした。東を見ても、西を見ても、宇宙のどの方向を見ても同じように(等方的といいます)、銀河たちは距離に比例した速度で遠ざかっていたのです。
もし銀河たちがバラバラに動いているだけなら、近づくものも遠ざかるものも混ざっているはずです。しかし、「どの方向を見ても、遠ければ遠いほど速い」という整然としたルールがあることは、銀河自体が空間を動いているのではなく、銀河が浮かんでいる宇宙の空間そのものが、あらゆる場所で一様に膨張していることを示しています。
ちょうど、膨らんでいく風船の表面に描かれた点同士が、風船が大きくなるにつれてお互いに離れていくような状態です。二つの点の間のゴム(空間)が増えるため、もともと離れていた点ほど、離れる距離の合計が大きくなり、結果として速く遠ざかっているように見えるのです。
※ハッブル・ルメートルの法則について 2018年、国際天文学連合(IAU)は、この法則の名称を「ハッブル・ルメートルの法則」と呼ぶことを推奨する決議を採択しました。これは、ハッブルが観測結果を発表する2年前の1927年に、ベルギーの司祭であり物理学者のジョージ・ルメートルが、すでに膨張宇宙の理論を提唱し、観測データから膨張率を導き出していたという歴史的功績を称えるためのものです。
アインシュタインの最大の過ち
この観測結果を受け、アインシュタインは大きな決断を迫られました。彼は、冒頭で触れた宇宙項—宇宙を静止させるために無理やり導入した数字—を自らの数式から取り除きました。彼はこれを人生最大の過ちと呼び、宇宙が膨張しているという事実を認めました。
ここに、宇宙は不変なものから時間とともに姿を変えるものへと、科学のパラダイムが完全に移行しました。これが、宇宙進化の物語である標準宇宙論の第一歩となりました。
光の海から物質の世界へ
宇宙が膨張しているということは、時間を巻き戻せば、過去の宇宙は今よりずっと小さく、高密度だったことになります。
誕生直後の宇宙は、数千億度を超えるような想像を絶する超高温状態でした。あまりに高温だと、原子を構成する部品(電子や原子核)が激しく飛び回り、結合して原子という形を保つことができません。そのため、現在のような星や惑星は存在できず、宇宙は光(エネルギー)とバラバラの粒子が猛烈な勢いでぶつかり合う光の海のような状態でした。物理学ではこの、光のエネルギーが支配的な時代を放射優勢期と呼びます。
しかし、空間が膨張して温度が下がっていくにつれ、エネルギーの主役は光から、重さを持つ物質へと交代していきます。光のエネルギーは膨張とともに急激に薄まりますが、物質の密度はそれよりもゆっくりと減少するため、ある時点で物質の力が上回ったのです。この交代劇があったからこそ、やがて物質が重力で集まり、最初の星や銀河が誕生する舞台が整いました。
2011年ノーベル賞が認めた、加速する宇宙
では、宇宙の膨張はずっと同じ勢いで続くのでしょうか?
宇宙には無数の銀河があり、そこには膨大な質量の物質が存在します。物質同士には重力という引き合う力が働くため、宇宙の膨張には常に内側へ引き戻そうとするブレーキがかかっているはずだと、1990年代まで多くの科学者が予想していました。ちょうど、上空へ投げ上げたボールが重力に引かれて速度を落とすのと同じ理屈です。
しかし、1998年、驚くべき事実が判明します。二つの国際的な観測チームが、Ia型超新星という非常に明るい天体の爆発を遠方まで詳細に観測した結果、宇宙の膨張速度はゆっくりになるどころか、むしろ加速していることを示すデータが得られたのです。
宇宙にある物質の重力(ブレーキ)を上回るほどの勢いで、空間を外側へと押し広げる未知のエネルギーが存在する。これがダークエネルギーと呼ばれる概念の始まりです。この宇宙の加速膨張の発見は、宇宙論の常識を根底から覆すものとして、2011年のノーベル物理学賞が授与されました。
理論(数式)が可能性を示し、観測がそれを裏付け、さらに新たな謎が見つかる。科学はこの相互作用によって、私たちの世界観をアップデートし続けているのです。
静寂のなかのゆらぎと、加速する再生
ハッブルの発見と宇宙の加速膨張の物語から、私たちは何を受け取れるでしょうか。
- 前提を疑い、アップデートし続ける勇気 アインシュタインでさえ「宇宙は変わらない」という前提に縛られました。しかし、ハッブルやルメートルが既存のモデルを疑い、観測事実を見つめたことで、宇宙の真の姿が明らかになりました。一つの固定観念に固執せず、常に最新の知見へと自分をアップデートする姿勢こそが、新しい扉を開く鍵となります。
- 見えない推進力を意識する 宇宙の膨張に重力のブレーキがかかっていると予想されたように、物事には常に抑制する力と推進する力が働いています。一見停滞しているように見えても、裏側で何が全体を前へと進めているのか(ダークエネルギーのような未知の要因)を探る視点が、物事の本質を理解する助けになります。
ハッブルが夜空の向こう側に見たのは、単なる光の点ではなく、刻一刻と姿を変え、進化し続ける壮大なシステムの躍動でした。次回は、この膨張する宇宙がかつて超高温・高密度の火の玉であった決定的証拠である宇宙背景放射の物語をお届けします。
【ちらみ宇宙論、構築の138億年】
第1回:宇宙は膨張している?ハッブルの発見と星が遠ざかる仕組みを解説(本記事)
第2回:ビッグバンの証拠とは?宇宙背景放射の発見と火の玉宇宙の謎
第3回:インフレーション理論を簡単に解説!宇宙の地平線・平坦性問題とは?
【厳選:本棚の資産になる書籍】
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