【日本のロケットヒストリー】技術への応用の不思議

日本の宇宙開発の原点は23cm?ペンシルロケットから始まった実験の歴史|日本ロケット①

2026.06.01 公開

【日本のロケットヒストリー】
第1回:日本の宇宙開発の原点は23cm?ペンシルロケットから始まった実験の歴史(本記事)
第2回:なぜ日本は純国産にこだわった?液体燃料ロケットH-II開発の苦闘とプライド
第3回H3ロケットは世界のライバルに勝てるか?商業宇宙輸送の未来と国際競争

1955年4月、東京都国分寺市。戦後の焼け跡から立ち上がろうとする街の片隅で、日本の宇宙開発は産声を上げました。人々の視線の先にあったのは、長さわずか23センチ、重さ200グラムの、文字通り鉛筆のようなペンシルロケットです。

驚くべきことに、このロケットは空に向かって放たれたのではありません。地面と水平に設置された発射台から、わずか数メートル先のに向かって飛び出しました。なぜ、宇宙を目指すはずのロケットをに飛ばしたのか。そこには、限られた条件の中で真実を掴み取ろうとした、冷徹なまでの科学的論理が隠されていました。

航空禁止令の暗雲を論理で切り拓く

戦後、日本は連合国軍(GHQ)によって航空機に関する一切の研究や製造を禁じられていました。かつて空を目指した技術者たちは翼を奪われ、その知恵を活かす場を失っていました。

この閉塞感の中で、東京大学の糸川英夫博士が目をつけたのがロケットでした。当時、ロケットは航空機の定義には含まれておらず、禁止の対象外と解釈できたのです。しかし、技術の継承は途絶え、予算も設備もありません。

糸川博士が描いたロードマップは、極めて堅実でした。いきなり月や星を目指すのではなく、まずは飛ぶとはどういうことかを計測できる最小単位にまで分解すること。そして、その一歩一歩で得たデータを積み上げ、数年後にはより大きなロケットを、その先には人工衛星を……という明確な展望を持っていました。あえて横に飛ばすという一見地味なスタートを選んだのは、その先に確実な宇宙への階段が見えていたからなのです。

なぜロケットを横に飛ばしたのか:0.01秒を刻む計測

当時の日本には、高速で空を飛ぶ物体を追いかける高性能なレーダーも計算機もありませんでした。もし空へ高く打ち上げてしまえば、飛行中の様子を観察することは不可能で、失敗してもなぜ失敗したのかという原因すら闇に消えてしまいます。

そこで開発チームは、ロケットを水平に飛ばし、その通り道に薄い紙を一定の間隔で何枚も立てるという手法を考案しました。ロケットが紙を突き破る瞬間に電気信号が流れる仕組みを作り、飛行中の速度変化や機体の傾きを細かくサンプリングしたのです。

滞空時間は0.1秒にも満たないものでしたが、数メートルの間に設置された紙が、目にも止まらぬ一瞬の動きを止まったデータとして記録してくれました。これは現代のハイスピードカメラのような役割を果たし、見えない空気の壁をロケットがどう切り裂いているのかを可視化したのです。

自分を蹴るメカニズム:排気ガスが壁になる不思議

ここで、ロケットが飛ぶ物理的な仕組みを少し深掘りしてみましょう。ロケットは作用・反作用の法則で飛びます。よく壁を蹴った反動で自分が下がることに例えられますが、宇宙空間には蹴るべき壁がありません。

では、ロケットは何を蹴っているのでしょうか。実は、自分の中から吐き出したガスそのものを壁にしているのです。

ペンシルロケットの中に詰められた固体燃料(ダブルベース推進薬)が燃えると、一瞬で大量のガスが発生します。このガスは、猛烈な勢いで出口(ノズル)から外へ出ようとします。このとき、ロケット本体がガスを後ろへ押し出す力が作用であり、逆にガスがロケットを前へ押し返す力が反作用です。

ガスは重さがないように思えますが、高速で噴射されるガス分子の集まりは、巨大な質量を持った塊として振る舞います。ロケットはそのガスの塊を全力で突き放すことで、その反動を足場(壁)にして自分を前へ進めているのです。この自分を蹴り続ける仕組みが正しく働くためには、燃料が1ミリの狂いもなく均一に燃え続けなければなりません。ペンシルロケットは、この極小の燃焼メカニズムが、設計通りに壁として機能するかを確認するための精密な実験装置だったのです。

成功がもたらした宇宙への確信

この水平発射実験は、見事に成功を収めました。わずか数メートルを駆け抜けただけの結果でしたが、この小さな成功は日本のエンジニアたちに、宇宙を制御できるという巨大な希望をもたらしました。

それは、「自分たちの立てた数式の予測と、現実の物理現象が、1ミリの誤差もなく一致した」という手応えです。この事実は、エンジニアにとって何物にも代えがたい勝利です。

理論上の計算値と、実際に紙を突き破って得られたデータが重なった瞬間、彼らは理解しました。たとえ今は23センチの鉛筆でも、この論理を拡大していけば、燃料を増やし、機体を大きくしたその延長線上に、必ず宇宙がある。

何万キロという宇宙への旅路も、結局はこの0.01秒の加速の積み重ねに過ぎません。宇宙は夢ではなく、自分たちの手で制御可能な計算の先にある目的地になったのです。最小単位での完璧な成功が、数十年後の巨大ロケット打ち上げまでの全工程に、科学的なお墨付きを与えた瞬間でした。

固体燃料という日本独自のバトン

この時、ペンシルロケットの動力として使われたのはダブルベース推進薬という固体燃料でした。実は、この小さな火種がその後の日本の運命を大きく変えることになります。

ロケットには、大きく分けて液体燃料固体燃料の2種類があります。液体は制御が難しい代わりにパワーを調整しやすく、固体は一度火をつければ止められない代わりに構造がシンプルで力強いという特徴があります。

ペンシルで培われたこの固体の技術は、後に日本初の人工衛星おおすみを打ち上げたラムダロケットへと引き継がれました。世界が液体燃料を主流とする中で、日本は世界でも珍しい全段固体燃料ロケットという独自の進化を遂げていったのです。この固体の系譜は、現在も最新のイプシロンロケットへと受け継がれる、日本が世界に誇るもう一つの自立の物語となりました。

日常のあらゆる挑戦に活きるペンシルの知恵

ペンシルロケットの物語は、単なる技術開発の記録ではありません。私たちが普段の生活の中で、スポーツの技の習得、学習で高い壁に挑むとき、ビジネスで大きな課題に向き合うときなど、あらゆる挑戦の場において通じる知恵が眠っています。

  • 「わからない」を計測可能にする 巨大な問題に立ち向かうとき、新しいことに挑戦するとき、いきなり全部を解決しようとせず、今の自分に何が起きているかが数字や目で見えるサイズまで分解すること。
  • 一歩の精度が未来の確信を作る 「たまたま上手くいった」を「理論通りに上手くいった」に変えること。その小さな確証が、大きな目標を自分なら到達できる場所へと変えてくれます。

ペンシルロケットが示したのは、情熱だけでなく、冷静な理(ことわり)こそが、最も遠くへ届くエネルギーになるという事実でした。ペンシルで加速の理を掴み、宇宙への道筋を確認した日本。しかし、次なる壁は自ら壊れるエンジンでした。第2回は、さらなるパワーを求めたがゆえに現れた、金属を紙のように引き裂く振動との格闘を描きます。

【日本のロケットヒストリー】
第1回:日本の宇宙開発の原点は23cm?ペンシルロケットから始まった実験の歴史(本記事)
第2回:なぜ日本は純国産にこだわった?液体燃料ロケットH-II開発の苦闘とプライド
第3回H3ロケットは世界のライバルに勝てるか?商業宇宙輸送の未来と国際競争

【厳選:本棚の資産になる書籍】

  1. 『国産ロケットの父 糸川英夫のイノベーション』(田中 猪夫)🔗[Kindle版] / [紙の本]
    • 23センチのペンシルロケットから始まった日本の宇宙挑戦を、糸川博士の逆転の発想力という視点から描いた本です。技術的な難しさではなく新しいことを始める思考法が学べるため、文系の学生にもビジネス書感覚で楽しく読めます。
  2. 『今日からモノ知りシリーズ トコトンやさしい宇宙ロケットの本 第4版』(的川 泰宣 著)🔗[Kindle版] / [紙の本]
    • 見開き1ページごとに綺麗な図解があり、どこから読んでもロケットが飛ぶ仕組みがトコトン優しくわかる入門書の決定版です。
  3. 『宇宙兄弟(1)』(小山 宙哉 著)🔗[Kindle版] / [紙の本]
    • コペルニクスが死の間際に放った、世界をひっくり返すことになる実際の著作です。一見難しそうですが、唯一の弟子レティクスによる分かりやすい解説(第一解説)も同時収録されており、彼らが当時、どれほど興奮しながら宇宙の美しさを語り合っていたのかを生々しく感じられる究極の資産です。

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