2026.06.16 公開
【見えない光、赤外線を視る】
第1回:目に見えない赤外線を視る生き物。0.003度の温度変化を捉えるヘビのピット器官
第2回:光から電気を作り出す光電効果。見えない世界を視るセンサー(本記事)
第3回:なぜ宇宙の観測に黄金の鏡が必要なのか?赤方偏移とジェームズ・ウェッブ望遠鏡
第1回の物語では、ヘビが持つ熱を視る力を紹介しました。彼らは生身の体で赤外線を捉え、暗闇の中に獲物の像を描き出しています。私たち人間はヘビのような鋭いピット器官を持ちませんが、その代わりにテクノロジーという名の新しい瞳を手に入れました。
私たちが手に入れたのは、目に見えない赤外線を電気という私たちが扱える言葉に置き換える技術です。非接触の体温計やテレビのリモコン、暗闇を見通すサーモグラフィ。これらはすべて、自然界が何億年もかけて進化させた機能を、物理学の法則を使って再現した姿です。今回は、その仕組みの裏側にある論理的なステップを一段ずつ紐解いていきましょう。
光と赤外線は、実は同じもの
まず、私たちが使っている言葉の定義を整理しましょう。私たちが普段光と呼んでいるのは、正確には人間の目に見える範囲の電磁波(可視光線)のことです。
しかし、物理学の広い視点に立つと、可視光線も、赤外線も、さらにはレントゲンに使うX線も、すべて同じ電磁波という家族のメンバーです。それらは共通して以下の特徴を持っています。
- 秒速30万kmという同じ速度で進む。
- 鏡で反射し、レンズを通れば屈折する。
- 波として揺れ動くと同時に、粒子としても振る舞う。
光という言葉は、人間が自分たちの目で見えるものに後から付けた名前に過ぎません。宇宙の側から見れば、赤外線も立派な目に見えない光の一種なのです。
アインシュタインと光の粒子
この目に見えない光(電磁波)を使って、どうやって電気を作り出すのでしょうか。ここで、電磁波が持つもう一つの顔、粒子(光子)としての性質が重要になります。
光や赤外線の正体は、エネルギーが凝縮された目に見えない小さな粒の集まりだと考えてみてください。この粒を特定の物質に勢いよくぶつけると、まるでビリヤードのように、物質の中にある電子を外に弾き飛ばすことができます。
この現象を光電効果と呼びます。電子が弾き飛ばされて動くこと、それこそが電流が発生した状態です。アインシュタインがノーベル賞を受賞したのは、あの有名な相対性理論ではなく、この光の粒子を使って、直接電気を取り出すことができるという現象を論理的に証明した業績によるものでした。
近赤外線で情報を送る
私たちが日常でもっとも頻繁に使っているのは、テレビのリモコンでしょう。ここで使われているのは、赤外線の中でも可視光に近い性質を持つ近赤外線です。
- 可視光線(赤): 波長 約0.0007mm
- 近赤外線: 波長 約0.0008mm ~ 0.0025mm
リモコンはどうやって音量を上げるといった複雑な命令を伝えているのでしょうか。実は、ボタンを押した瞬間、リモコン先端のLEDランプは、私たちの目には見えない猛烈な速さで点滅を繰り返しています。
例えば、音量を上げるという命令が1101というデジタルコードだとしたら、ランプは点灯・点灯・消灯・点灯というパターンで光ります。この光のパルスこそが、目に見えない光によるモールス信号です。
センサーの中で起きるミクロのビリヤード
テレビ側のセンサー(受光部)では、この光の信号をどうやって電気に戻しているのでしょうか。センサーの中には、光電効果を起こしやすい半導体という物質が使われています。
- 衝突: リモコンから飛んできた赤外線の粒子(光子)が、センサー内の電子にぶつかります。
- 弾き飛ばし: ぶつかった衝撃でエネルギーが伝わり、それまでじっとしていた電子がパコーンと外へ弾き飛ばされます。
- 翻訳: ランプが光っている間は電子が次々と弾き飛ばされて電流になり、消えている間は電子が動かず電流停止になります。
このように、光の衝撃をそのまま電気の動きに変えることで、リモコンの「チカ、チカカッ」という光の点滅を、一瞬でデジタルの命令へと翻訳しているのです。
遠赤外線で温度を知る
一方で、非接触体温計やサーモグラフィ、さらには冬場に活躍するオイルヒーターなどが活用しているのは、もっと波長の長い遠赤外線です。
実は、この世にある全ての物体は、自ら赤外線を放っています。冷たい氷も、温かいコーヒーも、そしてあなた自身の体も、目には見えない光を常に四方八方へ発射し続けているのです。
物体を形づくる分子は、常にブルブルと震えています。この分子の震えが、周囲に電磁波(赤外線)を撒き散らすのです。温度が高ければ高いほど分子の震えは激しくなり、放たれる赤外線の粒子も多くなります。
体温計やサーモグラフィは、この相手から放たれている赤外線の粒子をキャッチします。
- キャッチ: あなたの体から届いた赤外線の粒子が、センサー内の物質にぶつかる。
- 光電効果: 衝撃で電子が弾き出され、センサーの中に微弱な電流が流れる。
- 翻訳: その電流の強さをコンピュータが計算し、「この強さなら36.5度だ」と数値や映像に変換する。
自分から光を当てているのではなく、相手が発している熱の言葉を拾い上げ、電気を通じて私たちの言葉(数値)に翻訳している。これが非接触測定の種明かしです。
翻訳が壁を透過させる
この翻訳技術の凄みは、人間には不可能な視界を作り出せることにあります。
例えば、火災現場の煙。煙の粒子は可視光線の波長にとっては大きな壁となり、視界を遮ります。しかし、波長の長い赤外線は、小さな煙の粒子をゆったりとすり抜けて進むことができます。
この煙を通り抜けて届いた赤外線をセンサーで捉え、電気信号に変えてモニターに映し出す。そうすることで、救急隊員は肉眼では何も見えない黒煙の向こう側にいる人を、熱を帯びた像として発見できるのです。
見えないエネルギーの流れを読む
サーモグラフィの画像を見ていると、世界は常にエネルギーの交換で満たされていることがわかります。暖かい空気が上昇し、機械が熱を逃がし、人間が体温を保っている。
私たちはつい目に見える形だけで物事を判断しがちですが、赤外線のレンズを通せば、その裏側にある本当の活動実態が見えてきます。これは、私たちの仕事や学びにおいても同じでしょう。表面的なプレゼンの華やかさに惑わされるのではなく、そのプロジェクトが実際に生み出している熱量や、組織の底を流れているエネルギーに目を向けること。センサーが情報の翻訳を通じて真実をあぶり出すように、私たちも異なる視点を持つことで、隠された本質に辿り着くことができるはずです。
130億光年の熱を求めて
人類が作り出した電子の眼は、今や地上だけにとどまりません。赤外線を捉える巨大な瞳は、地球を離れ、遥か彼方の宇宙へと向けられています。
なぜ、宇宙の謎を解くために可視光ではなく赤外線が必要だったのか。次回、シリーズ最終回。130億光年の彼方から届く微かな熱を頼りに、人類がいかにして宇宙の始まりを視ようとしているのか。その壮大なロマンの物語をお届けします。
【見えない光、赤外線を視る】
第1回:目に見えない赤外線を視る生き物。0.003度の温度変化を捉えるヘビのピット器官
第2回:光から電気を作り出す光電効果。見えない世界を視るセンサー(本記事)
第3回:なぜ宇宙の観測に黄金の鏡が必要なのか?赤方偏移とジェームズ・ウェッブ望遠鏡
【厳選:本棚の資産になる書籍】
- 『文系でもよくわかる 日常の不思議を物理学で知る』(松原 隆彦 著)🔗[Kindle版] / [紙の本]
- 日本の宇宙論の第一人者が、スマホの通信や体温計の仕組みなど、暮らしの中の”あたりまえ”を文系にもわかる言葉で解説してくれます。光を電気に翻訳するセンサー技術が、いかに私たちの日常を支えているかがすんなり納得できる新書です。
- 『イラスト&図解 知識ゼロでも楽しく読める! 物理のしくみ』(川村 康文 著)🔗[Kindle版] / [紙の本]
- オールカラーの豊富なイラストで、身の回りの現象や最新テクノロジーの仕組みをていねいに紐解く一冊。文字を読むのが苦手な高校生・大学生でも、リモコンやセンサーの裏にある光と電気のパズルを楽しく視覚的に理解できます。
- 『ニュートン超図解新書 最強に面白い 光』(江馬 一弘 監修)🔗[Kindle版] / [紙の本]
- 難しい数式を一切使わず、きれいなグラフィックだけで光や電磁波の仕組みを解説してくれる最高の入門書です。目に見えない赤外線がどのようにコントロールされ、技術として応用されているのかが直感的に分かります。